アラサーのマッチングアプリ婚活/ VSナイツ土屋、キミに決めた!⑦
いやまじで、ここ数日何書いてるんだろ。
出来心で日記にしはじめたら、1番初めのデートが全然書きおわらない…。
アプリ経由で最初のデート。しかもお店も1軒だけなのに、登場する脇役のキャラがエグい。
疲れたからもう終わりにしたいけど、隣に座ったおじいちゃんの話だけ軽く書いとこう。
隣に座ったのは長身で身なりのキレイな70代くらいの男性だった。
「君らあ、×××××?」
この居酒屋は隣で飲んでる人に話しかけなきゃいけない決まりでもあるんだろうか。
私と、デート相手の土屋先輩(初対面)と、たまたま席が隣になって話し始めたスキンヘッドおじさん(初対面)と、コスプレ好きで重婚主義のお姉さん(初対面)に話しかけてくるおじいちゃん(3秒前に遭遇)。
相当酔っているようで、何かを聞いていることはわかるが呂律が回っていない。
おじいちゃん「君は、子どもはいるのか!」
私「こ、こども?いや、未婚ですしいないで…」
おじいちゃん「子ども!子作りをしないと!人は!」
私「えーっあはは、そうなんですかねー」
お姉さん「オジさんはお子さんいるのー?」
おじいちゃん「あったりまえだよお!3人!あのね、子どもがちゃんとできるか検査をするのが大事!俺は検査したら××××××!セイシの活動が全然ダメで、でも嫁さんを毎日抱いた!×××××××、そしたら3人だ3人!セイシの検査がなあ×××××!×××××××、××××××××!」(×部分にはモシャモシャとかフガフガみたいな音を適宜挿入。)
おじいちゃんのファンキーな話題作りにギョッとしてデート相手を見ると、人の目を見て話せない土屋パイセンは、手元の鶏皮と心を通わせたいと言わんばかりに食べかけの串を凝視して動かない。
スキンヘッドおじさんは、相手が酔っ払いと気づいた時点で「あそうだ仕事のメールが…」みたいな雰囲気を漂わせて早々にバーチャル世界に離脱している。
これも処世術。
陽気なおじいちゃんは私とお姉さんを相手取り、なおも“人生で大切なこと”を語り続ける。
残念ながら酒の力で内容のほとんどがモシャモシャとしか届かず、「毎日妻を抱く」「セイシ」「いいぞお」などの頻出単語とおじいちゃんのテンションの上下だけが伝わってくる。
人が一生で聞いていい「セイシ」という言葉の上限を突破しそうになった時、突如お姉さんが「いやーすごい、はじめて会った人とこんな盛り上がるなんて!記念に写真撮ろうよ!」と言った。
感動した。
心でスタンディングオベーションした。
相手を傷つけず、こんなに荒れた現場を一旦更地に戻せる言葉があったなんて。
しかし肝心のおじいちゃんは写真嫌いだったのか「俺は写真はいい!帰る帰る!」とさっきまでの勢いをなくし、身支度をはじめた。
絵に描いたような千鳥足で店の戸口に向かい、ドアを開けると、妻子を愛する老紳士は「じゃあ!」とこちらに挨拶し、笑顔で去っていった。
嵐のような人だった。
少々下品な会話の内容とは裏腹に、所作や身につけているものにはなんとなく品がある。
いまはもうリタイアしているかもしれないが、どんな仕事をしていた人なんだろう…。
その時、店のお兄さんが「あっ」と言った。
「あのおじいちゃんお会計わすれてる!」
日に焼けた浅黒い肌に真っ黒のピチTを着込んだ店のお兄さんは、猛然とさっき閉じられた店のドアを開け放ち、老紳士を追った。
開いたドアから通りを見ると、お兄さんに追いつかれた老紳士は、向こうのほうで直角になってお兄さんに謝っていた。
笑った。
そうして私の初デートは終わった。
土屋先輩とはデートのあと2、3回メッセージをやり取りしたが、神経質で人とコミュニケーションをとるのが苦手な土屋さんと付き合ったり、ましてや結婚して一緒に暮らしたりする将来は見えてこず、返信するのをやめてしまった。
お姉さんとは連絡先を交換した。
別れ際、「今度催眠術パーティーをするから、興味があったら来てね」と言われた。
怖かった。
アラサーのマッチングアプリ婚活/ VSナイツ土屋、キミに決めた!⑥
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◾️無性愛(むせいあい、英: asexuality)
他者に対する性的な惹かれ(sexual attraction; 性的魅力を感じること)の欠如、または性的な行為(sexual activity)への関心や欲求が少ないか、あるいは存在しないことである。無性愛の性質を持っている人のことをアセクシュアル、Aセクシュアル、無性愛者(英: asexual エイセクシュアル 、アセクシュアル )という。
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その昔、現在の配偶者に熱烈なプロポーズを受けた美人でアセクシュアルのエイコさんは、最初はバッサリと拒否していたもののついに断りきれなくなり、とうとうある条件を飲むなら結婚をしてもいいと言ったそうな。
その条件が「夫が、エイコさんの他に恋人を持ち続けること」。
つまり、不貞の関係を推奨、というか不貞関係を持つことが結婚生活を続ける上での義務なのだ。
現在は、夫の恋人の女性へエイコさんがプレゼントを贈ったり、夫と恋人の女性が喧嘩をすると仲を取り持ったりして睦まじく交流している。
「いま、夫は彼女とデート中なの」と楽しげなエイコさん。
「一人の人に依存し依存される一対一の夫婦関係は息が詰まるでしょ。一夫多妻型のポリアモリー(関与する全てのパートナーの同意を得て、複数のパートナーとの間で親密な関係を持つこと)が家族として1番安定してる」
なるほど…、そんなふうに生きてる人もいるのか。
私が盲目に目指していた結婚とは、近代文明が生んだ便利な生活様式ではあるものの、正解とは限らない。
ふと本来の目的を思い出し、デート相手の土屋さんを見ると、見知らぬ美人の襲来に緊張の度を増し、机の一点を見つめて固まっているようだった。
私に対してはマシンガントークで応じたくせに、失礼だな。
焼き鳥屋に入ってからすでに3時間。
そろそろお暇する頃合いかな、と様子を伺っていると私の隣の席に、上品な身なりに身を包んだ長身の老紳士が、どかっとものすごい勢いで座った。
つづく
アラサーのマッチングアプリ婚活/ VSナイツ土屋、キミに決めた!⑤
デート相手の土屋パイセンが倒したグラスには少しの氷が入っているだけだったので、隣席の女性の服を濡らしはしなかったようだった。
「すみません、すみません!」
焦る土屋さんに「全然大丈夫よお」と笑う女性は、おそらく30台半ばほど。
この辺ではあまり見ないタイプの洗練された美人で、50過ぎほどのスキンヘッドのおじさんとの2人連れだった。
しっとり和風美人と、親子近く歳の離れていそうなギラついたスキンヘッドのおじさん@評判の焼き鳥屋。
妖しい組み合わせだ。
なんとなく会社経営者と出勤前のクラブのホステスのようにも見える。
「彼女さんとデート?」
和風美人が私に微笑みかける。
いえ!マッチングアプリで知り合って、今日初めて会ったんです!
背筋を伸ばして私は答える。
「そうなの?打ち解けて見えたから意外。でもそれなら、私たちと似てるね」
和風美人がスキンヘッドおじさんに言うと、おじさんは自慢げにスマホで写真を見せてきた。
写真の中の和風美人は、ぴったりとした黒いレザーのショートパンツに網タイツを履き、開いた胸元には血が滴る大きな傷痕、ネコ科の獣のような瞳孔の小さな目で、こちらに向かってにっこりしている。
隣にはキン肉マンの被り物を被った男性。
「私たち、去年のハロウィンでたまたまコスプレパーティーで出会って、今日初めて一緒にご飯食べてるの」
ハロウィン…?
謎めいた出会いだが、ということはキン肉マンの被り物男がこのおじさんだろうか。
立派なスキンヘッドだし、何も被らず額に肉って書けばよかったのでは?
「僕たち恋人に見えた?うふふ、残念だけどエイコちゃん結婚してるんだよねえ。僕はウェルカムなのにい」
スキンヘッドおじさんは、期待に背かぬギラギラボイスで言う。
「もーカマタさん!結婚以前に、私アセクシュアルだから誰にも恋愛感情持たないって言ったじゃない」
えっ?えっ??
つづく
アラサーのマッチングアプリ婚活/ VSナイツ土屋、キミに決めた!④
自分の種族名を連呼することでお馴染みの黄色いネズミちゃん。
まさかモンスターボールではなく真っ黒の名刺入れから出てきて、これまた黒々とゴシック体で印字された氏名の隣に立つこともあるとは。
「いやー、実はね!働いてるの、IT系っていうかゲーム会社っていうか!」
不器用で生真面目で、甲高い声で早口で話す土屋パイセンは、「子どもたちに大人気の某キャラクターたちの存在を通して、現実世界と仮想世界の両方を豊かにする」というファンシーなキャッチコピーを持つ会社にお勤めらしい。
私は普段、初めて会う人に対して、子どもたちに大人気の某キャラクターの話はしない。
ゲームやアニメに親しんでいたのも、もう20年近く前の話だし、一般的な女児程度の興味しかなかった。
しかも、土屋さんの「桜島に行きました」という報告から「鹿児島ってポケ〇ンですよね」と受けるアクロバティックな会話で、まさか相手の仕事を褒めてしまうとは。
これ、すごくない?
きっと、ううん、絶対これは…。
私、霊感ある…!
自分の思わぬ才能開花に驚いていると、土屋パイセンもいたく興奮した様子で、いや、常に甲高い早口なので通常のテンションかもしれないけど、仕事について語ってくれた。
ゲームを世に送り出す仕事というのは、私の想像に反してモノづくりの喜びに溢れているらしかった。
と、土屋パイセンの手が目の前のグラスを弾き、隣の席の女性に倒してしまった。
やっぱ興奮してたのか、パイセン!
つづく
アラサーのマッチングアプリ婚活/ VSナイツ土屋、キミに決めた!③
マッチングアプリで出会って初めてデートする相手の土屋さんは、私の友人にはあまりいないタイプの人だった。
甲高い声の早口で喋り、饒舌で、テンションは高いのだが表情はあまり動かず、机を見つめていてあまり目が合わない。
仕事はIT系で、会社では隣の席の同僚の書類が自分のゾーンを侵食しているのを見るとイラッとくるらしい。
平日夜の暇な時間には、日々の会話の参考にしようと、落語を聞いたりマツコデラックスの番組を積極的に見ていて、毒が強すぎる有吉の芸風は苦手だそうだ。
几帳面でこだわりが強く、不器用で生真面目な印象の土屋さん。
大雑把で、気分の上下が激しく、なりゆき任せに生きている私の気性は、彼にはどう見えるのだろうか。
お酒を愛し、休日には酒どころへ足を伸ばすのが好きだという。
「この前は鹿児島の桜島に行ってきました」
わ、いいですね!
私、テレビとかで火山灰を見ると絶対、ポケ〇ンのゲームと同じだ!って思っちゃうんですよ。
小さい頃は分からなかったけど、ゲームを作った人が、灰が降る鹿児島に似た街をゲームで再現したってことなんですよね。
ゲームを先に知っちゃったから、火山見るとポケ〇ンじゃん!ってテンションあがっちゃうんです。
「え、あの、すごい、あの僕、ホントは今日いう気なかったんですけど、実はこういうものなんです。」
土屋さんが差し出した名刺には、見慣れた黄色いキャラクターがポーズを決めていた。
つづく
アラサーのマッチングアプリ婚活/VSナイツ土屋、キミに決めた!②
声をかけてくれた男性は、ナイツの土屋をちっちゃくしたような印象だった。
正直にいうと、ナイツの土屋がどのくらいの大きさなのかは知らない。
だからもしかすると同じくらいの大きさという可能性もある。
どうでもいいけど。
「実はお店決めてないんですよ。適当に空いてるところ入ればいいかなって」
土屋さんは慣れた調子で街を歩き、煙たいが美味しそうな焼き鳥屋さんに首を突っ込むと、「いやあ、ここ美味しいんですけどなかなか予約取れないんですよ。今日は入れるらしいんでここでもいいですか」と早口で言った。
私は、おっさん人気の高い焼き鳥屋は信頼できるから望むところだ、という意味の言葉をできる限り上品に伝えた。
驚いたことに、私より数年先に私の卒業校を土屋さんも卒業していたらしかった。
なーんだ!
学校の先輩だと思うと、一気に肩の力が抜ける。
授業のグループワークを始めるときに自己紹介するのとあまり変わらないじゃないの。
緊張が解けて改めて土屋さんを見ると、ナイツ土屋とは違い、饒舌で、えらく声が高くて、常に興奮したような早口だ。
そして、目が、合わない。
つづく
アラサーのマッチングアプリ婚活/VSナイツ土屋、キミに決めた!①
ぐわあああああん、いやだあああああ!
自分の設定したスケジュールを見て泣きそうだ。
なんせ、ここからひと月で数日前に存在を知った15人と連日会わないといけないのだ。
早く仕事を終わらせた日に、緊張で吐きそうになりながら知らない人と待ち合わせするなんて。
はああああああああ!!
なんなの、意味わかんない。
さっさとお家に帰って布団にくるまって録画したあちこちオードリーを見たいんだ。
ああああああああああああああああ。
しかし、私もいい年した大人だ。
いくら思考力を捨てていたって、自分の言葉には責任がある。
お誘いをぜひぜひ!と受けたからには、ぜひぜひって言いましたよって顔をして決められた時間に決められた場所にいないと女が廃るというものだ。
お昼にカットソーに落としたカレーのシミをショルダーバッグで隠しつつ、自ら切腹されに向かう武士のように気高い脳内で待ち合わせ場所に立つ。
来るなら来い!
緊張による胃の収縮と吐き気に見舞われながらじりじりとその時を待っていると、男性が「立花さんですか?」と声をかけてきた。
…!
よかった!
声を、かけてきた。
つまり実物の私を見ても一緒にご飯を食べるのもやぶさかではないと判断してくれたということだ。
ありがとう、心優しき男性。
好感度爆上げだよ。
たぶん、斧を池ポチャしちゃった木こりとか、灰を撒くことで植物の成長を促進した爺さんとか、おにぎりを追っかけて裸足でかけてく陽気な爺さんとか、その辺の人と仲良くなれるよ君なら。
拝みたいような気持ちで振り返ると、お笑いコンビ「ナイツ」のツッコミ担当、土屋に似た人が立っていた。
つづく